支援
- 2016/04/17
- 05:45
熊本を中心とした地震。ここ糸島も揺れました。
震源地では、困難な生活を余儀なくされている事でしょう。
困難と聞くと、安全な地に居る動ける人間は「やれ物資だ、ボランティアだ」と支援を懸命に行います。
勿論、それは尊い心掛けですね。人の優しさです。
しかし、それが愛か?といえば、答えはNOです。
その支援、本当に支援先の人々の益になってますか?
例えば、①物資を被災地に送る。②誰かが危険な地域に運ぶ事になる。③安否確認すら出来ていない、倒壊した家に物資を届けても、受け渡し不能。④保管先に困る。
という事にはなりませんか?消極的な考えといえばそうですけど、これが何千何万と行われた時、どうなりますか?
有難迷惑ですよね。
「自分にして欲しいとおりに」他の人にする。というのが大切ですよ。
助けるのは、自分の身内だけなのか?自分の知り合い、友人だけが助かれば、後の人は迷惑を被ってもいいのか?
愛というのは、一方通行いわばストーカー的な思い入れではなく、双方向でなくてはならない。
①要請があった②状況を正確に判断し③迅速に的確に動いた。
の方が現地の人には益がある。
問題は、「正しいと思って行う間違った行為」なんですよ。正しいと思って行うだけに、強情で修正が利かない。行った人間「だけが」良い事をしたと思い込んでいるから始末に負えない。
先走る人間は、他の人の益を無視して自分の感情を優先している。
そういう訳で、まずは正確な情報を得ましょう。そうすれば我々にも出来る事、すべき事が見えてくるはずです。
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